こんにちは。
うつ持ちで、統合失調症の家族をケアしているピケらいおんといいます。
今日は福祉業界の現場のひとと話しました。
その方は、以前は全然違う業界で仕事をしていたのですが、ひょんなことで福祉の仕事に携わることになりました。
いまの仕事に就いて、自分はいろいろ変わったと感じるそうです。
なかでも一番変わったのは、ある友人への気持ちだ、と彼女は話していました。
友人の子どもさんは、重度の自閉症。
身の回りのことは自分でできるけれど、常に誰かがそばにいる必要があるそうです。
もともと学生時代からの友達同士。
以前はとても仲が良かった。
それが、お互いに結婚し、子どもを産み…
その自閉症の子どもさんが生まれてから、友人はどこかよそよそしくなったそうです。
大変だろうから、いろいろ手伝いたい。
そう言っても、友人は頑として受け入れないそうです。
どうしてそんなに頑なになってしまったんだろう。
理由がわからなかったそうです。
でも、自分が仕事で
いろんな子どもさんを知り、多くの親御さんと接するなかで、
友人のつらさ、苦しさを想像するようになったそうです。
これまでも、大変だろうとは思っていました。
けれども
「なにが、どれくらい、どんなふうに大変で、どんな思いを抱えているのか」
を想像しようとしたことがなかった。
それなのに、自分を受け入れようとしない友人を責めてさえいた。
そのことに気づかされたそうです。
「浅き川も深く渡れ」ということわざがあります。
「浅い川を渡るときにも、危険があるかもしれないから,深い川と同じくらい用心しなさい」という意味です。「念には念を」ということです。
ですが、わたしが思い出すのは「浅い川を深く潜れ」という言葉。
これは、写真家星野道夫さんが、小学校の卒業文集(!)に書いたものです。
彼は、著作で自らその意味を明かしたことはないようですが、彼の生き方から、みながその意味をいろいろと解釈しています。
わたし流に解釈すると、
「どんな何気ないことも、こちらが知ろうとすれば、そこには深い意味があり深い物語がある」
浅そうに見える川も、潜ってみれば、意外に深い。
自分の知らない世界が広がっていることでしょう。
読んでくださり、ありがとうございました!