ぴあけあら

双極症当事者(ピア)で、統合失調症の当事者家族(ケアラー)。日々の記録です。

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わたしの依存症のこと 〜『妻はサバイバー』朝日新聞デジタルの対談動画をみて〜

 

 

こんにちは。

 

うつ病当事者で、統合失調症の家族をケアしているピケです。

 

依存症についての対談動画がとても勉強になりました。

 

これを機会に、わたし自身の依存症体験を思い切って告白したいと思います。

 

批判されることも覚悟してます。

でも、やっぱり怖いよお…

まあ 書かなきゃいいことではありますね、はい。

できれば、お手柔らかにお願いします。

 

なるべく明るく書きます!

 

目次

 

 

 

 

 

 

『妻はサバイバー』の著者と、精神科医・松本俊彦さんの対談

 

新聞記者である永田豊隆さんの奥様は、摂食障害、アルコール依存症そして認知症を患い、20年間闘病の日々を送ってきたそうです。その壮絶な日々を夫として支えてきた永田さん。20年間の記録が『妻はサバイバー』という著書に記されています。

 

奥様は「わたしのような人を出したくないから、全部書いて」とおっしゃったそうです。

 

 

朝日新聞デジタルで、永田さんが精神科医の松本俊彦さんと対談した記事が掲載されています。わたしは、期間限定の動画で視聴しました(現在は公開終了)。文字で読むことはできるようです(有料)。

 

www.asahi.com

 

松本俊彦さんは、依存症について臨床活動・研究もされています。テレビなどのメディアや講演会にもよく出られます。柔らかな語り口ながら「一貫して患者の側に立つ」姿勢を貫いている印象です。

 

↓ 松本さんのコラム

www.nhk.or.jp

 

お二人の対談。

正直、しんどい内容でもありました。当事者家族として我が家と重ねてしまうので。

でも、「見てよかったなあ」と思いました。

依存症だけでなく、すべての精神疾患に通じる内容でした。

 

デジタル配信で記事が読めますよー

厚労省ホームページより

 

依存症ってなに?

依存症とは、特定の何かに心を奪われ、「やめたくても、やめられない」状態になることです。

人が「依存」する対象は様々ですが、代表的なものに、アルコール・薬物・ギャンブル等があります。
このような特定の物質や行為・過程に対して、やめたくても、やめられないほどほどにできない状態をいわゆる依存症といいます。

依存症についてもっと知りたい方へ |厚生労働省

 

 

 



 

 

依存症に対する世間の見方

 

著名人の依存症について、たびたびメディアで報道されます。

 

その論調は


「罰せられて当然」

「社会に迷惑をかけたのだから反省すべし」

「弱いから依存する」

「強い意思を持って断ち切るべし」

 

というものです。

 

そして、繰り返された時には「意思が弱い」とさらに非難されて、時には嘲笑の的にもされます。

 

 

 

「ダメ、ぜったい」「覚醒剤やめますか、人間やめますか」

というキャッチーな標語で、

「依存症になった人は、人生終わり」と印象づけられます。

 

こうした風潮の中で、依存症を患う人は孤独の中で絶望し、底なし沼へのひきずり込まれることもあるかもしれません。

 

 



 

 

 

わたしも依存症でした

 

 

実は、わたしも依存症がありました。

 

うつの波が激しい時にOD(オーバードーズ)を繰り返していたのです。

 

処方された薬をちゃんと飲んでいなかったので、薬が余っていて(残薬)、つらくて苦しくてどうしようもない時に、それらを過剰摂取していました。

胃洗浄してもらったこともありますし、夜間の精神科救急にお世話になったこともあります。

 

こういう患者が、救急外来では、一番嫌われるそうですね。

そりゃそうです。

「ほんとに死にたいなら、もっと確実な方法で死ね」と思うでしょうし

「また繰り返すでしょ」と思えば、処置をするのが虚しくなるでしょう。

 

すみません。

 

ご迷惑をおかけしてしまいました

 

 

 

言い訳になりますが、

わたしの場合は「死んでしまいたい」とか「死のう」とか、死に直結する思いでしていたわけではありませんでした。

 

「今だけ、この辛さから逃れて楽になりたい。ほんの今だけ忘れたい」

 

というものでした。

 

消したい過去ですが、最近やっと「そんなこともありました」と言えるくらいになりました。

 

 

 

 

 

憂さ晴らしのOD

 

映画やドラマで、仕事でミスしたとかという時に、

「もう今日は飲んじゃうぞ〜」という場面がありますよね。

友人とか同僚が「まあ、飲んで忘れようぜ」と慰めたり。

 

わたしにとってのODは、あれと似ていました。

 

ちょうど、その頃、家族のメンタルがどんどん悪くなり、学校との交渉もストレスで、毎日どうしたらいいんだろう、と苦しい頃でした。

 

相談する人は誰もいません。

引っ越したばかりで、近所に知り合いもいません。

頼る医師もいませんでした。

子どもをどうしたら治療に結びつけることができるのか、望みが断たれていました。

 

絶体絶命。

 

言い訳ととられてしまっても、しょうがないのですが、そんなふうな状況でした。

 

スモールカルトにはまりかけたのも、この頃でした

 

 

 

依存の始まり

 

始まりは、

 

眠れない夜、いつもより眠剤を多く飲んだら眠れた

 

ということでした。

 

そのうちに、処方通りの時間(朝昼晩とか)でない時にも、薬に手を伸ばすようになりました。

 

夜じゃなくても、つらくて涙が止まらない時に飲むと、その時だけはつらさを忘れることができました。

 

忘れるんじゃなくて、単にその時に意識が朦朧としているだけなんですけどね。

 

薬が体外に出てしまうと、また辛い心境は戻ってきました。

 

寝て、すべてを忘れたかった

 

 

そうやって、だんだんと、飲む薬の量が多くなり、スパンも短くなっていきました。

そのうちに、薬をアルコールで飲んでみるようにもなりました。

 

頻度が多くなっていくことに、自分でも気づいていました。

 

「わたしはこのままどうなっちゃうんだろうか」

 

悪い方向に自分が転がっていく感覚があり、背筋が寒くなる怖さがありました。

 

その恐怖を忘れたくて、また薬を飲みました。

どうしようもありませんでした。

 

やめたくてもやめられなかった





 

 

病気だと言われて、やめることができた

 

 

ここ10年間ODをしていません。

 

なぜ、やらなくなったのか。

 

それは、「これは病気なんだ」という気づきです。

 



 

 

 

頻繁にODをしていた頃のことでした。

 

ある医療関係の方から、

 

「それ、アディクションだと思うよ」

 

と言われたのです。

 

アディクション、つまり依存症ということです。

 

その言葉が、自分のなかに素直にストンと落ちました。

 

それまで、「ODは悪であり、ODする自分はダメなやつだ」と思っていました。

そう思うと、さらに苦しくなり、またやってしまう。

 

この繰り返しでした。

 

自分の意思が弱いから、

自分はどうしようもないやつだから、しょうがないんだ

 

と諦めて、行為がより深刻になっていくままに流されていきました。

 

 

病気だと言われて、

 

「わたしは病気なんだ」

 

「病気ということは、治せるんだ」

 

本当に気持ちが楽になりました。

病気なら、治るかもしれない!

 

 

どのように治したか

 

10年間ODをしていませんが、多分「治った」とかそういうことではないと思います。

 

ODをしない日を一日一日と積み重ねてきて、10年が経った

 

と考えています。

 

どうやって、やめていったか。

正直に言いまして、覚えていないし、よくわかりません。

 

やめた時期は、いまの主治医と出会い、子どもが治療につながった時と重なります。

 

飲んでしまおうと思うことは、何度もありました。

 

けれど、その度に、今の主治医の顔が浮かびました。

 

先生は、わたしの子の主治医でもありました。

 

母親であるわたしのことを

 

「治療チームの一員」

 

として認めてくださっていました。

 

つまり、先生から

 

「精神疾患は、医師だけが治すのではない。医師と家族が協力して治療していくのだ」

 

という姿勢を感じたのです。

 

先生はいつも必ず「一緒に頑張りましょう」と言ってくださっていました。

 

孤立する当事者家族にとって、本当に力になる言葉でした。

 

一緒にがんばりましょう



 

 

 

 

それと、もうひとつ。

 

治療チームの一員としてやっていくことを、先生と約束したように感じていて、

先生との約束を破りたくない、と思っていました。

 

それらが、ODしてしまいたい、という気持ちを踏みとどまる理由だったと思います。

 

 

 

 

アルコホリック・アノニマスの方々と出会って

 

以前、キリスト教の教会のクリスマスミサで、アルコホリック・アノニマスの方々と話す機会がありました。

アルコール依存症の方々の自助グループです。

当たり前ですが、皆さん普通の方々で、おとなしく、謙虚で、物静かな方々でした。

たまたま隣に座ったわたしに、いろいろなことを語ってくださいました。

 

彼らの話をそのまま書きたいと思います。

 

「一日おきに、この教会の集会室に皆で集まっています」

「お互いに顔を見ながら、たわいもない話をして『今日も一日飲まなかったね、よかったね』と声をかけ合います」

この会の皆がいなければ、飲んでしまっていると思います

「お酒を飲みすぎていたことで、体もあちこち悪くなりました。その治療もしています」

一番迷惑をかけたのは、家族です。奥さん、子どもには本当に申し訳ないことをしました。すごく泣かせてしまいました」

「この会に、ご家族の方がみえることがあります。その話を聞いていて、申し訳なくて、みなで小さくなってます」

「お酒の下に本当の病気が隠れていて、お酒をやめると、それが初めて表に出てきます。そううつ(双極性障害)だったり、うつだったり。その病気が出てきてからが、本当の苦しみのスタートです」

 

その場限りの出会いでした

 

 

依存症の下に本当の病気がある

 

「お酒の下に本当の病気が隠れている」ということを、わたしは、初めて知りました。

それらの病気の症状が苦しくて、その苦しみを和らげる手段の一つとしてアルコールへの依存があった、ということなのでしょう。

 

『妻はサバイバー』の奥様の場合、お酒の下に隠れていたものというのは、

幼少期の被虐待経験であり、大人になってからの性被害体験でした。

 

わたしのODの場合、下に隠れていたのは、

 

うつ病と

当事者家族の孤独

 

だったと思います。

 

 

孤独



 

苦しみをやわらげて、生き延びるための依存症

 

 

『妻はサバイバー』の対談で「自己治療仮説」という考え方が紹介されていました。

 

松本さんの解説をそのまま書きます。

 

依存症のメカニズムとして、アルコールや薬物などそれらが及ぼす快感に依存してしまうんだという見方が一般的です。

ですが、人間は本来飽きっぽいものです。

人間はどんなに快感があっても飽きてしまいます。快感を求めることは続きません。

 

むしろ、薬物によって辛さが一時的に消えたり、軽くなったりすることが報酬になります。

苦痛が強ければ強いほど依存は止まりません。

 

依存は、生き延びるための切実な手段なのです。

 

苦痛の例としては、

 

つらい感情

自信のなさ

孤独・孤立

つらい関係

 

 

 

ですから、ただ根性論でやめろ、というと依存症の患者さんを突き落としてしまうことになります。

彼らが抱える苦痛を和らげる治療をしなければなりません。

 

↓ 松本さんによると、自傷も依存の一つだそうです。

 

 

松本さんの話の続きです。

「やめようと頑張っているときに、「スリップ」といって再び手を出してしまうことがあります。

スリップすると、恥ずかしさと罪悪感で、みなさん病院に来たがりません。

ですが、この時こそ病院に来てほしい。治療のチャンスです

 

そうか。

わたしも主治医にODのことを相談してもよかったのですね。

きっと先生は軽蔑することもなく、治療にとりかかってくれたことでしょう。

病気ですから、恥ずかしいことも何もない。

治療を受けて当然のものなのです。

 

 

 

楽園ネズミの実験

 

松本さんは、「楽園ネズミ」という実験を紹介していました。

 

ネズミ32匹を16匹ずつ、AとB、二つのグループに分けます。オスとメスは同数です。

 

ネズミたちを、A、Bグループに分けます

 

 

まず最初の三日間。

どちらのグループも檻に閉じ込めます。

水と餌は決められた時間に決められた量だけ与えます。

そしてモルヒネ水を摂取させます。

 

三日間、檻に閉じ込めて、モルヒネを与えます

 

四日目。

Aグループは、檻から出して、おがくずでふかふかのところに移動させます。

水も餌も好きな時に好きなだけ食べられるようにしておきます。自由に行動ができます。

つまり楽園です。

水と同じようにモルヒネ水も好きなように飲めるようにしておきます。

 

するとネズミたちは、じゃれあい、コミュニケイトするようになります。

好きなように飲めるのに、モルヒネ水を飲むネズミはいません。

 

モルヒネはいらない

 

一方のBグループ。檻に入れたままです。

水も餌もモルヒネ水も好きなように飲めるようにします。

こちらのネズミたちは、ひたすらモルヒネ水を飲み続けます。

 

 

檻のままだと、モルヒネを飲み続ける

 

 

 

さらに実験を続けます。

Bグループのネズミを、Aグループの中に入れてみます。

最初のうちはモルヒネ水を飲んでいます。

ですが、普通のネズミたちと仲良くなると、彼らの真似をして普通の水を飲むようになります。

モルヒネ水をちょっと飲むこともありますが、そのうち全然飲まなくなります。

 

仲間と遊ぶ方が、モルヒネより楽しいかも。

 

この実験から分かることは、

 

檻のような環境、つまり誰かとつながっていないことが、依存症の要因になる

 

ということです。

 

ひととつながることが大事



 

ひととのつながりが、依存症の予防と回復になる

 

 

永田さんの奥様は、とても辛い人生ですが、優しく接してくれた祖父母と、ずっと支えてくれている親友がいるそうです。

 

「ひどい人生だけど、彼女にも楽園ネズミ的な時間もあったから、生き延びてこられたのかな」と永田さんは言っていました。

 

松本さんは「家族として支えてこられた永田さんの存在が大きいと思いますよ」と話していました。

 

奥様には、優しい祖父母と接した時間があり、親友がいて、何より永田さんという家族がいます。

 

これらのつながりがあるから、今穏やかに生活することができているのでしょう。

 

奥様は、本や漫画を読むのがお好きとのことでした。

 

 

 

 

わたしの回復への道

 

 

わたしのODからの回復も、孤立・孤独から救われたことが大きかったと思います。

 

医師との出会い、同じ境遇にある当事者家族とのつながりが、わたしを支えてくれました。

 

松本さんが永田さんにかけた言葉がとても印象的でした。

 

「永田さんは伴走者として本当にご苦労されてきました。

奥様は今、永田さんに支えられて安心することができて、やっと回復に辿りついたのでしょう。

永田さんと奥様の全ての苦労は、意味があったということだと思いますよ」

 

これまでの苦労にも意味がある

 

 

 

 

今のわたしの環境は、あの時より楽園です。

 

少ない社交ではありますが、ひとと繋がれているからです。

 

 

 

そして、このブログにいらしてくださる皆さんが、わたしを孤独から救ってくださっています。

 

直接お顔を見たり、お話することはなくても、誰かと繋がっているんだな、と感じられることが、わたしの力になっています。

 

ブログを始めて、ほんとに良かった。

 

心からの感謝の気持ちです。

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

 

ありがとうございます!!

 

 

 

感傷的な最後になってしまいました。

読んでいただきありがとうございました。

よろしければ、また遊びにいらしてくださいね。